
50歳になりました。
そして今年、実家を取り壊すことになりました。
小さい頃から過ごしてきた家が、
もうこの世からなくなると思うと、正直とてもつらいです。
放置することの現実
この家には、今はもう誰も住んでいません。
誰も住んでいない家は、思っている以上に傷んでいきます。
瓦が飛んだり、
家の一部が崩れたり、
もし近所に迷惑をかけるようなことがあれば、
その修理費は決して小さなものではありません。
「いつか何とかしなければ」と想いながら
見て見ぬふりをしてしまいそうになる。
でもその”いつか”は、
きっと私たちの子ども世代に回ってしまいます。
兄の決断と、私の気持ち
そんな中、兄が言いました。
「このままでは、きっと困ることになる。
今、思い切って取り壊そう。」
兄がすべてを取り仕切ってくれています。
私は協力するたちばですが、
その決断の重さは、痛いほど伝わってきました。
この家は、祖父の家でした
家の正確な築年数はわかりません。
でも、大正2年生まれの、今は亡き祖父が過ごした家です。
それらが詰まった場所がなくなることは、
簡単に割切れることではありません。
それでも、前に進むために
思い出を残すことと、
家を残すことは、同じではない。
そう自分に言い聞かせながら、
今回の決断を受け入れようとしています。
これは「終わり」ではなく、
次の世代に負担を残さないための選択。
50歳になった今だからこそ、
向き合えた現実なのかもしれません。
この出来事が、私にとっての「終活のはじまり」でした。